すう、と風が流れた。その風は、草や木の葉を誘って、冷たい空間を駆け巡ってゆく。いつしかその風は、凍てつくような夜空に草や木の葉を散らした。風によって舞い上がった草や木の葉は、月の光を真正面から浴びて宝石のように煌めいた。その様に一人の少女は目を奪われた。しかし、少女はまたすぐに顔を引き締めた。その少女は、歳は十七前後。身長は百五十センチ前後。薄い茶色の髪は、腰まで伸びている。同色の瞳は、力強く前を見つめていた。顔はどこか大人びているものの、幼さが残る顔立ちだった。そんな少女は、ふうと息を吐き出した。たちまち、息は凍ったかのように白くなる。しかし、それも一瞬のこと。すぐに周りと同化して闇に溶ける。するとまた、風がふうと吹いた。その風は少しずつ形を成してゆき、人の形となった。その人の形をしたそれは、しゅっと伸びた背筋に漆黒の瞳をしていた。夜の闇を映し込んだような、その瞳は宝石のようだった。同色の髪も、月光のまばゆいばかりの光を受けて、艶やかな光を放っていた。そんな人の形をしたそれは、ゆるりと口を開いた。
「こんな時間に出歩くなんて、良くないぞ。みより」
人の形のそれは、低い声でそう少女に警告した。すると、みよりと呼ばれた少女は薄紅色の口を開いて言葉を発した。
「ええ、わかっているわ。けれど、夜でなければ奴は姿を現さない。わかっているでしょう、ハヤテ」
ハヤテと呼ばれたそれは、わずかに目を細めた。そして、「みより、夜は奴だけじゃない。他の妖怪も現れる。他の奴にやらせればいい。あの、陰陽道かじりの真琴とか」と言った。すると、みよりは「真琴にやらせるには、荷が重すぎるわ。それに今は、帰省中なのよ。バカなこと言わないで」と怒ったように言った。それを聞いてハヤテは「ならば、お前一人で太刀打ちできるのか?とてもそうには、思えないが。」と言った。みよりは悔しそうに唇を噛んだ。そして、「神様。今だけでいいから、力をお貸ししてはくれないでしょうか」と言った。ハヤテは、「ああ、俺はお前の守護神だからな。貸さない理由がない」と答えた。みよりは辛そうに顔を伏せる。
「神様の手を借りるなど、あってはいけないのに。」とみよりは独り言のように言った。するとハヤテは、「あって良い。人は一人ではたいした力を持てない。だからこそ、神がいる。みより」と言って口を閉ざした。そして、みよりの背後でうごめいていた黒い影を睨み付けた。みよりが振り返ろうとした刹那。
ハヤテは、右手に力を込めた。すると、次々に右手に風が集まり始めた。それがサッカーボール大になると、ハヤテはそれを黒い影に向かって放った。たちまち、黒い影は初めからそこにいなかったかのように消失した。すると、温かい光が山の陰から顔を覗かせた。その光は、冷蔵庫に入れたかのように冷たかった地球を溶かしてゆく。
「また、あなたに助けられてしまったわ。」とみよりは言った。ハヤテは大して面白くも無さそうに「それより、夜中に出歩くな。夜は陰の気が強い」と言った。みよりは「またそれですか?神様」と言って空を見上げた。ハヤテも空を見上げた。
「朝だわ。早く家に戻らないと」とみよりは言って目をこする。するとハヤテは、「目をこするな。よくないぞ。」と注意をする。みよりは「まるで親みたいなことを言うのね。」と言った。そして、目をこする手を止める。
「似たようなものだろう。お前をここまで育てたのは誰だと思っている。」
そうハヤテは言った。みよりは青く染まってゆく空を見ながら「ハヤテよ。わかっているわ。私の両親は、私が産まれてすぐ、神隠しにあったのだから。」と言った。すると、セメントと杖が重なる鈍い音がした。
「みより。どこにおるのかと思ったら、こんな所におったのか」
しわがれた声の方をみよりとハヤテは、向いた。そこには、一人の老婆がいた。その老婆にみよりは、あわてて駆け寄った。
「おばあちゃん!どうしてここに?」とみよりが言うと老婆は「決まっておる。みよりが何時になっても、帰ってこないからじゃ。神様と一緒じゃったから安心したが、心配しておったのじゃぞ。」と答えた。みよりは、「ごめんなさい。」と言ってしゅんとうなだれた。老婆は「まあ良い。陰陽師としての仕事をまっとうしていたのじゃろ。じゃが、体も大切にするのじゃぞ。」と言った。みよりは「はい」と答えた。老婆はハヤテの方に向き直り「神様。どうか、みよりをお守りください。」と言った。ハヤテは「もちろんですとも。」と答えた。みよりは、ぼやける視界を元に戻そうと目を瞬く。しかし、元に戻ることはなく。視界は、深い闇の中へと落ちていった。
*
次にみよりが眼を覚ましたとき、みよりは布団の中にいた。
「あれ・・・?」
そう声を発して周りを見回す。
四畳くらいのこじんまりとした部屋。床はフローリングではなく、昔ながらの畳。そして、戸も昔ながらの障子だった。
みよりの家だった。
すう、と障子が開いてハヤテが入ってきた。「覚ましたか」と短くハヤテは言った。
「ええ。私、気を失っていたのかしら」とみよりが言うとハヤテは「いや、眠っていただけだ。疲れが出たんだろう。今日は、休むといい。このところ、立て続けに妖怪退治を行っていたからな。」と言った。みよりは、表情を曇らせる。
「また神様に迷惑をかけてしまいました。申し訳ございません、神様。」
みよりがそう言うとハヤテは、「前にも言ったが、気にすることではない。神様と呼ぶのも止めてくれ。みより」と言った。そして、「俺は、神であるが神ではない。鬼神なのだから。」と付け加えた。それを聞いてみよりは「いいえ、私にとって神様です。かつて、弱いこの私に手を差し伸べてくださったのですから。」と言った。ハヤテは、「みより。俺は尊敬されるようなことは何一つとして行っていない。」と言って顔を伏せる。そんなハヤテにみよりは「ハヤテ、あなたが助けてくれなかったら私はきっとここにはいなかったわ。あなたが、なんと思おうと私にとってハヤテは神様。違えようのない事実だもの。」と言った。そして、「今日はハヤテの言うとおり、体を休めることにするわ。ありがとうございます、神様。」と言葉を紡いだ。すると、ハヤテはどこか困ったような表情を浮かべた。
「とにかく、今日は休め。」と言って、ハヤテは部屋を出た。
すう、と障子を閉めると窓越しにハヤテは、ある人物の陰を見つけた。ハヤテは、窓を開ける。そこには、女性がいた。その女性の髪は、黒くマントのように長かった。その髪を、風になびかせていた。女性の着ている服もまた、黒い。歩くだけで通報されてしまいそうな、怪しげな雰囲気を纏う女性だった。そんな女性にハヤテは、眉一つ動かさずに声をかけた。
「何のようだ。」
その声は、あまりに冷たく冷酷な声だった。その声を聞いて女性は、「まあ、怖い。風神様、そんな怒らないでください。」と言った。しかし女性の声は、台詞とは裏腹に明るかった。その声色だからなのか、ハヤテは不機嫌そうに眉をひそめる。それを知ってか知らずか女性は、「ねえ、近くのお店でお茶しません?あなたとお話ししたいのだけれど。みよりちゃんは?」と言った。すると、ハヤテはますます不機嫌そうに眉間に皺を寄せて「誰かさんのせいで、倒れた」と言った。それを聞いて女性は、演技とも素ともいえないような声で「まあ!それは、悪かったわ。わたしが、依頼しなければ良かったのかしら?」と言った。それが、障子越しに聞こえたのかみよりは部屋から出て来た。
「校長先生!来ていらっしゃったのですか」とみよりは思わず、叫ぶ。すると、ハヤテはみよりに「寝ていろって言っただろ。」と静かに忠告した。しかし、その声はどこか押し殺しているような声色がうかがえた。それに気づいてみよりは、「少しぐらい、大丈夫です」と言った。そんな、みよりに校長先生と呼ばれた女性は「みよりちゃん、大丈夫?顔、随分あおいわよ。」と言った。すると、ハヤテは「お前のせいだ」とでも言いたげに校長を睨み付ける。すると、校長は小さく肩をすくめてみせた。しかし、またすぐにおどけたような顔になって「みよりちゃんが、こんな調子じゃ頼めそうに無いわね。仕方ない。今日はこれで帰るとするわ。」と言ってみよりとハヤテに背を向けて歩き出した。すると、みよりは慌てて「あ!大丈夫です。話を聞くだけなら・・・!」と呼び止めた。そんなみよりにハヤテは、「みより!」と一喝する。みよりは、一瞬体を強張らさせる。そして、歯切れ悪く「話、聞くだけならって思って。ダメですか?」とハヤテに言った。それを聞いてハヤテは、頭を抱えて「話、聞くだけだからな」と言った。みよりは、口元に笑みをほころばせて「はい」と答えた。校長は、図々しく振り返り「じゃあ、話すわね!」と元気よく言った。その声にハヤテは、少なからず苛立ちを覚えた。そして、「はやく、済ませろよ」と校長に言った。校長は、ハヤテの方を見て「ええ。かみさま」と不敵な笑みを浮かべた。その表情にハヤテは、眉をひそめる。みよりは、ハヤテと校長の顔を交互に見て困ったような表情を浮かべた。すると、校長は笑みを浮かべてみよりに「お婆さんは、今どうしてるの?」と問うた。みよりは、「え?陰陽師の仕事に行ってると思いますけど」と答えた。校長は「力もないのに?」と冷たい声で質問を重ねた。さすがに耐えきれなくなったのかハヤテが、「余計な詮索は止めてもらおうか」と言った。その声は、怒りの混じった声色だった。それを聞いて校長は、「ふふ。他人が口出すことでは、無かったわね。」と言った。そして、「依頼を言うわ。最近、ここ近くの風だけ毒が混じっているようなの。なんとか、原因を突き止めてもらえないかしら。もちろん、ただとは言わないわ。それ相応の報酬は渡すつもりよ。どう?」と言った。ハヤテは突き放すような声色で「話を聞くだけだと言ったはずだが。」と言った。そのハヤテの台詞に校長は「あら?そうだったかしら。だけど、このままじゃ、みよりちゃんも危ないんじゃない?ねえ、守護神様?」と確信にも似た声で言った。ハヤテは、眉をひそめ「風のことなら、俺自身が原因を追ってる。みよりに出て来てもらう必要はない。」と迷惑そうに校長を見ながら言った。みよりは悲しそうにうつむいて「また、神様に迷惑を」と呟いた。それを聞いてハヤテは、言葉に詰まってしまった。校長はニヤニヤ笑いを浮かべながら、心の中でガッツポーズをした。
「ああ!もう、わかったから!みより。原因を突き止めるのに参加していいから、先に体を治せ。それと、無茶だけはするな。」とハヤテは言った。すると、みよりはパッと顔を上げる。そして、「ありがとうございます。」とハヤテに満面の笑顔を浮かべた。ハヤテはみよりに、優しい笑みを浮かべる。それを見て、校長は小さく笑ってその場を後にした。
街へ降りて、校長はある人物に足止めされた。
「おや、校長先生。こんな所で会うなんて、なんという縁なのでしょうね。」
校長は、そう声を発した方向へ視線を走らせる。そこには、一人の男がいた。その男を、校長は知っていた。
「あいかわらず、不気味な男ね。榊源司」と校長は男に向かって言った。榊と呼ばれた男は、「いやあ、校長先生には敵いませんよ。今月で通報されたの何回目でしたっけ?ええっと、ひぃふぅみぃ・・・」と何日も洗っていないような髪をかき上げる。髪から、ホコリのようなものが落ちる。
「通報されたことはないわよ。されかけたことなら、あるけど。」と校長が言うと榊は口元をグニィと歪ませて不気味な笑みを浮かべた。
「ええ!そうでしたっけぇ?てっきり、もう何回も通報されているものと思ってましたよ」とおどけた口調の榊に校長は、「何か、話でもあるのでは無いのですか。」と少しばかりきつい口調で言った。すると、榊は「つれないこと言わないでくださいよぉ。」とおどけた口調を崩さない。そんな榊にしびれを切らして校長は榊に背を向けて歩き出そうとする。しかし、気にした様子もなく榊は「美風(はるかぜ)みより。美風(はるかぜ)家、陰陽師の末裔。しかし、美風(はるかぜ)家は百年ほど前から陰陽師としての力を持つ子は産まれなかった。」と言った。
校長は、振り返り榊を睨むように見る。
「どうして急に産まれたんでしょうねぇ。しかも、こんなに強い力。妖怪も、神も彼女を見逃すはず無いですよねぇ。」と榊は言葉を紡ぐ。校長は、「だからこそ、彼女には普通の人にも認識することの出来るほどの力を持った、神がついてるわ。」と言った。榊はニヤリと笑い、「そこなんですよねぇ。彼女についている鬼神。風神は、気まぐれな神で、人を助けたと思ったら人を傷つける。そんな風神が、何故彼女についているのか」とぼやくように言った。それを聞いて校長は「そんなの、本人に聞けばいいじゃないの。わたしの知ったことじゃないわ。じゃ、わたしは八百万高校に戻らないと。」と言って、黒い髪をかき上げてその場を去っていった。その去ってゆく後ろ姿を眺めながら榊は、「本当は何か知ってるんじゃあないですか?島原恵さん」と心の中で呟いた。
榊は、青い空を見上げて息を吐き出す。すると、冷たい風がぴゅうと吹いた。榊は思わず、身震いする。そして、「さむ、さむ」と呟いて、その場を去っていった。
校長が去った後、みよりはハヤテによって半ば強引に布団の中に入れさせられていた。みよりは「暇だな」と思いつつ読みかけの文庫に手を伸ばした。そして、ふと家の中が静かに感じた。
みよりの家には、小さな鬼のような妖怪、家鳴りがいた。そのためいつもはもっと騒がしい。けれど、今は物音一つしない。ハヤテが家鳴りに静かにしているように言ったのだろうとみよりは、ぼんやりと思った。
文庫本を開き、本に目を走らせる。すると、そこへハヤテが部屋に入ってきた。ハヤテは、「大丈夫なのか?」とみよりに声をかける。みよりは顔を上げて、「ええ。だいぶ、よくなったわ。」と答えた。ほっとしたような表情を、ハヤテは浮かべて「そうか。良かった。」と言った。すると、家の中がきしむような音がし始める。刹那、ハヤテは「静かにしろと言ってあったのに」と頭を抱えた。みよりは苦笑いを浮かべて「はは・・・。あの子達もきっと、嬉しいのよ。」と言って、部屋の隅に視線を走らせた。そこには、小さな鬼のような可愛らしい何かがいた。それを、みよりは知っていた。
「家鳴りちゃん、こっちにおいで」とみよりが声をかけると、何かこと家鳴りは可愛らしく走って、みよりの近くまで来るとちょこんと座った。ハヤテは「まったく」と呟いてみよりの枕元に座った。そして、文庫本に目を向けた。
「なんだ、これ?」とハヤテは言って、文庫本を手に取る。そして、パラパラとページをめくる。
「私が、最近気に入った本なの。」と言ってみよりは、ハヤテから文庫本を受け取り、文庫本のカバーを外して表紙を見せた。そこには、「いざなぎ」と記されていた。ハヤテは、それを読んで「『いざなぎ』・・・って、国産み・神産みの神のことか?」と言った。みよりは、はっとした表情になって「確かに、伊邪那岐様の方が有名ですものね。」と言ってから「この『いざなぎ』は、神のことではなくて、土佐国物部村・・・今の高知県の『いざなぎ流』のことですわ。」と言葉を紡いだ。すると、ハヤテは「流?」と首を傾げた。みよりは、「陰陽道のことです。」と説明した。ハヤテは、納得したように「ああ」と頷いた。そして、「そういえば、聞いたことがあるな。土佐国だけは、陰陽道は陰陽道でも、他と少し違うと。」と言った。こくりと頷いて、「ええ。実に興味深いです。」とみよりは言った。何気なくみよりは、パラリと本をめくった。すると、近くにいた家鳴りがキィキィと泣きだして部屋の隅へと逃げていった。
「あら?家鳴りちゃん?」とみよりが声をかけても、家鳴りは部屋の隅でぶるぶると震えている。ハヤテは、そっと本の中を覗き込んだ。そして、「本を閉じろ。」と静かに言って本に記されている『紋』を指さした。みよりは、慌てて本を閉じる。
「ごめんなさい、家鳴りちゃん。もう大丈夫だからね」とみよりは、優しく家鳴りに言った。しかし、家鳴りは怯えたままでその場から動こうとはしない。仕方なくみよりは、家鳴りに声をかけるのを止めた。そこで、ハヤテと話することにする。
「ねえ、ハヤテ。校長先生の言ってた事だけど。毒の風って?」
ハヤテは、「おそらく、鎌鼬(かまいたち)だろう。奴の風は、人を切る風だ。だから、鎌鼬(かまいたち)の風の事を『魔風』と呼ぶ者もいる。」と答える。
ようやく落ち着いたのか、家鳴りがみよりの近くまで寄ってきた。そんな家鳴りにみよりは、そっと笑みを浮かべる。
「そっか、『魔風』・・・。」とみよりは、呟いて上半身を起こす。すると、ハヤテは心配するようにみよりの背中に手をそえた。そしてハヤテは、「俺は、出来ればお前には戦って欲しくない。」と言った。みよりは、「神より与えられしこの力を、ここで活かさなくては意味がございませんわ。大丈夫です、ムリはいたしません。」と答えるように言った。ハヤテは、どこか寂しげな笑みを浮かべて「ああ、そうしてくれ。みより」と言った。みよりは、微笑みを浮かべた。刹那、どかどかと足音を立てる足音が聞こえてきた。その足音の主は、無作法にもみよりの部屋の障子をいきなり開けた。
「おい!志那都比古神(しつなひこのかみ)、遊びに来てやったぞ」と障子をいきなり開けた男は、言った。すると、ハヤテは「帰れ」と短く男に言った。男は、「なんだとぉ~!折角、来てやったというのに!」と今にも癇癪を起こしそうな勢いで言った。慌ててみよりは、「ご無沙汰してます。建御雷之男神(たけみかづち)様」と言った。男こと建御雷之男神(たけみかづち)もとい、タケミカは機嫌を取り戻して「おう!みよりんは、わかってるねぇ」と言った。みよりは、ほっと胸をなで下ろす。カケミカは、畳の上にどかっと座る。そして、「なあ~、志那都比古神(しつなひこのかみ)。最近、また暴れてるってぇ?」とおどけた調子で言った。ハヤテは、眉をひそめ「それは、俺じゃない。おそらくは、鎌鼬(かまいたち)だ。」と言った。タケミカは、「わかってるけどよぉ。ちょっと、言ってみたかっただけだけど。最近、ホントあやかし共がよく暴れててよ。まったく、どうなってやがんだ?」とぼやく。みよりは、「私が、力を持っているのと、何か関係があるのでしょうか?」と言った。タケミカは、「関係ないとは、いえないな。必ず何かはあるはずだ。神、人間、妖怪。全て、一つの糸でつながっている。だが、今はそんなこと考えたって何も判らん。時が満ちるまでは、な。」と言ってから「とりあえず、鎌鼬(かまいたち)をどう始末するかだ。」と言葉を紡いだ。みよりは、「陰陽道の知恵で倒せる相手なのですか?」とタケミカに問う。タケミカは、「さあ?陰陽道のことを、おれは知らないからなぁ。志那都比古神(しつなひこのかみ)もとい、ハヤテに聞いてみれば何か判るかもな」と言ってハヤテを見る。ハヤテは、小さく息を吐き出して「かつて、ここに黄色い風が吹き荒れたことがあった。その黄色い風を吸い込んだことによって、人々は病に冒されていった。そのとき、その風を追い払ったのは、みよりの先祖『蘆屋道満(あしやどうまん)』の子孫だった。」と言った。みよりが「一体、どうやったのですか?」と問うと「その時は、『十字』を使った。」と静かにハヤテは、言った。ぱっちりとしたみよりの瞳が、大きく見開かれる。
「『十字』ですって?『九字』ですら、使いこなすことの出来る人は、あまりいないというのに。それに、昔から『十字』を使いこなすことが出来たのは、ほんの一握りだわ。」
ハヤテは、ふうと息を吐き「何もお前が、使いこなさなくてもいい。第一、お前には俺がついてる。俺がいれば、大概の妖怪には負けない。」と言った。そして、ゆっくりと立ち上がり「腹減っただろ。飯、取ってくる。」と言ってみよりの部屋を出て行った。部屋に残されたみよりとタケミカは、しばらく沈黙を保っていたが、耐えきれなくなってタケミカが沈黙を破った。
「なあ、みより。どうして、志那都比古神(しつなひこのかみ)のことをハヤテって呼ぶんだ?」
みよりは、「ああ、それは。呼びやすいからですわ。」と答える。タケミカは「へ?でも、どこにもハヤテって入ってないよな。」と質問を重ねる。ふふ、と笑って「ハヤテって漢字で書くと『しっぷう』と読めますよね。『激しい風』を意味しますの。風に関連する言葉で、おまけに昔はイタズラもしていたと祖母から聞いていたので『疾風』ですわ。呼びやすい、というのもありますけど」とみよりは、言った。
「なるほどなぁ。」とタケミカは、何度も頷く。そして、懐から『御札』を取り出した。
「はい、これ。みよりちゃんが、調子崩したって聞いてお見舞いに来たんだ。」
タケミカは、みよりに『御札』を渡した。それを、みよりは受け取る。
「まあ!ありがとうございます。」と嬉しそうにみよりは、笑みを浮かべる。そこへ、お粥を炊いてハヤテが部屋に、入ってきた。
「ずいぶん、仲良さそうだな」とハヤテは言って、お粥を畳の上へ置く。
「なんだよぉ、ハヤテ君。ヤキモチですかぁ」とおどけた声でタケミカが言った。ハヤテは、「違う。」と短く否定する。みよりは、『御札』をきゅと握りしめて「大切にしますね」と言った。すると、タケミカは「いやいや、神社でいくらでも作ってるから。鎌鼬(かまいたち)やっつけるのに使ってよ。その御札を持って、『急々如律令』って唱えたら、標的に向かって雷がどーんって落ちるから。」と手でアクションを加えながら、言った。
「ありがとうございます。」とみよりは、タケミカに微笑んだ。すると、タケミカは頬をほんのり赤く染めて「お、おお!いいってことよ!」と言った。その時、ハヤテがつまらなそうにしていたことに気づいたのは、家鳴りだけだった。
「みより、そんな奴の話し相手にならなくていいから。はい、あーん」とハヤテは、お粥を散蓮華ですくって、みよりの口元へ持って行った。みよりは、おとなしくお粥を食べる。みよりは、口いっぱいにお粥を頬張って、もぐもぐさせる。すると、タケミカは「かわいい!みよりってば、かわいい!」と頬を赤く染めて言った。そんなタケミカにハヤテは、「お前には、やらねえぞ」と言った。タケミカは、「かわいいって、言っただけなのにぃ。なにヤキモチ焼いてるんですかぁ」とハヤテに言った。ハヤテは、やれやれという風な表情を浮かべて「やいてない」と言い放った。みよりは、ただひたすらにお粥を食べる。そして、お粥を食べきると「ごちそうさまでした」と言った。そんなみよりに、「もう、大丈夫か?」とハヤテは問うた。すると、みよりは「ええ。もう大丈夫ですわ。明日からでも、働けます。」と言った。ハヤテは、「せめて、明日は休め。いいな?」と有無を言わさぬ口調で言った。みよりは、渋々「はい」と答えた。それを聞いてから、ハヤテはみよりの部屋を出て行った。すると、小さく笑ってタケミカは「相変わらず、みよりんには甘いなあ。」と呟いて「じゃあ、おれは帰るわ。体は大事にしろよ」と言って部屋を出て行った。その背にみよりは、「はい、ありがとうございます。」と言った。
台所でハヤテが洗い物をしていると、そこへタケミカが入ってきた。
「なあ、志那都比古神(しつなひこのかみ)。どう思う?」とタケミカは、問うた。
「何がだ。」とハヤテは、問いを問いで返す。タケミカは、「みよりのことだよ。なんで、今更あんな子が生まれたんだ?」と少しきつい口調で言った。ハヤテは、表情一つ変えずに「昔、俺が蘆屋道満(あしやどうまん)の子孫に使役されていた時に、その子が自らに呪いをかけた。その呪いの成果がみよりだ。」と言った。
「どんな呪いをかけたんだ?」
ハヤテは、いたって淡々とした口調を崩さず「神をも使役するほどの力をもつ、子が生まれるように」と言った。
「なんだよ、それ」とタケミカが言うと「蘆屋道満(あしやどうまん)は、かの有名な陰陽師『安倍晴明(あべのせいめい)』と永遠のライバルと言われた。そして蘆屋道満(あしやどうまん)は、安倍晴明(あべのせいめい)との戦い敗れた。その事を根に持っていた子孫は、より強い子が・・・安倍晴明(あべのせいめい)を負かす事の出来るほどの力を持つ子が欲しかった。けれど、それが裏目に出た。」とハヤテは言った。
「裏目?」とタケミカは首を傾げる。ハヤテは、「産まれた子は、強いどころか力すら持ってはいなかった。その後も、力を持つ子は産まれても偉大な力を持つ子は、産まれなかった。それから、百年経って、みよりは産まれた。」と言って動かしていた手を止めた。
「つまり、今頃になって、そんな子が産まれたって事か。はは、いい笑いもんだな。そいつ」とタケミカは言った。
「どうして、みよりが産まれたのかって聞いたよな。」とハヤテが静かに言うとタケミカは「ああ」と答える。
「みよりの母は、蘆屋道満(あしやどうまん)の子孫だが。父親は安倍晴明(あべのせいめい)の子孫だ。」とハヤテは言った。タケミカは、大きく目を見開く。
「まさか!安倍晴明(あべのせいめい)の血が混じって、その呪いが解けたのか!」とタケミカは、思わず叫んだ。ハヤテは、「ああ」と静かに肯定する。
タケミカは、信じられない者を見るようにハヤテを見る。
「そんなことが、あるものなのか。」とタケミカは呟く。そして、「ハヤテは、これからもみよりの側にいるのか?」と問うた。ハヤテは「ああ。」と短く答える。そんなハヤテに、タケミカは何も言えずに、その場を去っていった。
*
それから二日後。
みよりは、すっかり元気を取り戻して街へ出ていた。
「みより、無茶はするなよ。」とみよりの後ろを歩いているハヤテは、言った。みよりは、「わかっています。」と短く答える。そして、「やはり、日が高いと現れないのかしら?」と呟く。それを聞いてハヤテは、「みより、夜に出歩くなんて言わないよな?」と静かに言った。少し怒った口調でみよりは、「少しくらい、夜更かししたって大丈夫です。」と言って、恨めしそうに空を見上げた。
まだ日の高い昼間の空は、青く晴れ渡っていた。
「まだ治ったばかりだろう?」
心配そうな声色で、ハヤテはみよりに言う。そんなハヤテの方を見て、みよりは「少しくらい平気です!」と少し強い口調で言った。そして、気まずそうにみよりは「心配してくださるのは、嬉しいです。けれど、少しくらいは無茶をしないと鎌鼬(かまいたち)を滅することが出来ませんわ。」と言った。そんな、みよりをハヤテは、見て小さく息を吐き出した。そして、「まあ、お前に無茶をするなという方が間違いだな。俺が心配すればするほど、お前は気丈に振る舞うからな。」と誰にともなく言った。それを聞いてみよりは、「そんなこと!」と叫んでうつむいた。そんなみよりは、悔しそうに唇を噛んでいた。微かに手は震え、歩くことがままならない赤子のように、足も震えていた。ハヤテは、言葉を吐き出すようにこう言った。
「みより、忘れるな。俺は、いつだってお前の味方だ。辛いなら、辛いと言え。苦しいなら、苦しいと言え。」
その言葉にみよりは、顔を上げた。その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。そして、震える声で「優しくしないで、神様。私はあなたに、甘えてしまうから」と言った。すると、ハヤテは「甘えていい。もっと、甘えていいんだ、みより。」とひときわ優しい声色で言った。それを聞いて、みよりは思わずハヤテに抱きついた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!強くなれなくて、ごめんなさい・・・!」
上ずった声で、みよりはそう言った。ハヤテは、優しく抱きしめた。
「いいよ。強くなんて、ならなくたって。みよりは、みよりだ。」とハヤテは、言った。その言葉が、みよりの涙を倍増させた。
「ごめんなさい、志那都比古神(しつなひこのかみ)様。」
そうみよりが言ったとき、ハヤテはわずかに目を細めた。そして「いつもみたいに『ハヤテ』と呼んでくれ。みより」とハヤテは、言った。みよりは、消え入りそうな声で「ハヤテ」と言った。その声は、あまりに弱々しくガラス細工のようだった。ハヤテは、「みより、ムリだと思ったら俺を呼べ。いいな」と言って、みよりの体を離した。
「ハヤテ・・・?」
涙でぐしゃぐしゃの顔を、ハヤテへ向けた。ハヤテは、「すまない。少し、調べたいことがあるんだ。」と言った。刹那、ハヤテの体は宙へと消えていった。みよりは、何かを求めるようにハヤテがいた場所をかきかいた。
「う・・・神様、強くなって見せますから。」とみよりは、誰にともなく呟いた。そして、涙を服の袖で拭いた。その瞳は、凛とした少女のそれであった。闘志を胸に秘め、みよりはしっかりとした足取りで歩き出した。
数十分後。
何の収穫もなかった、みよりは自販機で缶ジュースを買った。そして、ベンチに座りぼんやりと空を見上げていた。そこへ、一人の男が現れた。その男を見てみよりは、首を傾げた。
その男は、ボサボサの髪に無精ヒゲを生やしていた。着ている服は、スーツであるのにかかわらず、キチッとしてはいなかった。みよりには、全体的によれよれに見えた。
「美風(はるかぜ)、みよりさんだよね?」
みよりは、思わず立ち上がり反射的に『護符』を手に取った。すると、男は「警戒しなくていいよ。話がしたいんだ。陰陽師の君と」と言って名刺をみよりに渡してきた。そこには、『雑誌八百万ライター 榊源司』と書かれていた。
「ライター?」とみよりは、呟く。すると、榊という男は「ああ、そうだよ。『八百万』という雑誌の、なんだけど。知ってる?」と問うた。みよりは、うなずいて「ええ。神話や伝承の雑誌ですよね?」と答えた。榊は嬉しそうに微笑んで「そう!知ってくれてるんだ。嬉しいよ。そこで、現役陰陽師の君にインタビューしたいんだ。」と言った。みよりは困ったような表情を浮かべて「別に、話す事なんてありませんよ」と言った。榊は、「いやいや。呪術とか教えてもらいたいのですよ」と食い下がる。みよりは、眉をひそめ「呪術なんて、一般人が使うものでは無いわ。下手に使うと、むしろ逆効果になるんだもの。」と言った。しかし、この台詞は逆効果だったのか榊は「ほう!それについて、もっと詳しく」と言った。みよりは、不機嫌そうに「少しですよ」と言った。
それから、数分経ってみよりは榊に解放された。
榊が去ってから、みよりはベンチに座り小さく、息を吐き出した。
(疲れた。あの男、一体・・・何を考えて私に近づいたの?)
みよりの脳には、榊の何かを探ろうとする瞳が映し出される。自分の心の内を探らせないような、何かを隠すような、いけすかない微笑みを孕んだ男。榊。
みよりは、考えるのを止めて携帯電話を久しぶりに開いた。そこには、真琴からのメールがあった。ボタンを押して、文面を開ける。そこには、『もうすぐ、里に着くよ。里に着いたら、メールは送れないからね。里でのことは、戻ったら伝えるよ。』と書かれていた。みよりは、小さく微笑みを浮かべる。
真琴は、みよりにとって初めて出来た友達だった。といっても、みよりには、真琴以外友達と呼べる人は他にいない。けれど、みよりはそれで十分だった。
みよりは、読まれることになるのは、もっと先だろうと思いつつ返事を書いた。
(『無理しないようにね』と、送信。)
真琴が、里へ帰る理由が『妖狐』が復活したこととみよりは、知っていた。それを真琴から聞いたとき、みよりは「ついて行く」と言ったが真琴が「だいじょうぶ。」と言ってそれを拒んだ。みよりは、心配しつつも真琴を見送った。
(ほんとに、無理ばっかりして心配かけてるのは私の方だよね。)と心の中で、みよりは少し反省して空を見上げた。太陽は傾いていた。もうすぐ、日が沈む。
日が完全に沈み、街は闇に覆われた。星もなく、月もない闇夜。そんな空の下で、みよりは動き出した。なるべく音を立てぬようみよりは、歩いてゆく。その時、切り裂くような風が吹いた。みよりは、あわてて護符を取り出す。
「くぅ・・・!」
みよりは、思わず声を上げて歯を食いしばった。わずかに、みよりの服が切れた。
(鎌鼬(かまいたち)・・・!これが、鎌鼬(かまいたち)の風!)
すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「陰陽師か。所詮、人間・・・!」
刹那、みよりに向かって鋭い風が放たれた。みよりは、とっさに簡易九字護身法を切る。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
鋭い風は、呆気なく消え失せてしまう。
「なに!」とまた、どこからともなく声が聞こえてくる。
みよりは、次にもう一度九字を切った。しかし、今度は簡易でなく陰陽師が主に用いる九字だった。
「臨」
左右の手を内縛して、人差し指を立てる。
「兵」
内縛して人差し指を立て、中指を伸ばす。そして、人差し指を超えて合わせる。親指をそろえて、そう唱えた。
「闘」
右手の人差し指と中指を、左手の人差し指の上、中指の下、薬指の上に通した。そのまま、右手の中指で左手の人差し指を左手の中指で右手の人差し指を握った。そして、両手の薬指を重ねる。親指と親指、小指と小指の先をつけた。
「者」
そう唱えて、左手の薬指を右手の人差し指の上、中指の下、薬指の上に通して、右手の中指で握った。右手の薬指を左手の人差し指の上に乗せ、左手の中指で握る。両手の親指、人差し指、小指をそれぞれ合わせた。
「皆」
みよりは、祈るように指と指を絡ませる。
「陣」
指が内側に入るようにして組んだ。
「列」
左手の人差し指を右手で握って、左手の指は軽くそえた。
「在」
みよりは、親指と人差し指で三角形を作った。
「前」
左手を握り、右手で下から包みこんだ。その後、左の人差し指と中指を伸ばし小指を曲げ、親指の指先で曲げた指の爪を押した。右手も同じように、みよりはする。右手の伸ばした指を左に出来た穴に差し込んだ。そして、大きく息を吸い込み「ノウマクサンマンダ、バサラダンセンダ、マカロシャダ、ソワタヤウン、タラタ、カン、マン」と三回唱えた。 すると、どこからともなく叫び声が聞こえてきた。
「う、うわあああああっ!」
みよりは、すうと目を細め右手の指を抜いて「オン、アビラウンケン、ソワカ」を三回。そして、「オン、キリキャラ、ハラハラ、フタラン、バソツ、ソワカ」を三回と「オン、バザラド、シャコク」を一回、唱えた。そして、指を弾きならした。
「く、そ・・・。次は、こうはいかないぞ」と声の主が言った刹那。辺りを巣くっていた、風は消え失せた。
みよりは、空を見上げる。そして、息を吐き出す。
(鎌鼬(かまいたち)・・・。一体、何が目的でこの街を襲うの?)
その時、みよりの前に榊が姿を現した。みよりは榊に視線を移す。榊は、「逃げられちゃいましたか。鎌鼬(かまいたち)に」と言った。みよりは、警戒心を強めて「なんですか?」と鋭い口調で問うた。榊は、肩をすくめて「そんな怖い顔しないでよ。せっかくの、かわいい顔が台無しですよ。」と言った。その口調が、おどけたような口調だったものだから、みよりは眉間に皺を寄せた。そして、「逃げられましたよ。それが、どうかしましたか?」と怒った口調で、言った。榊はもう一度、肩をすくめて見せて「そおか、残念だったね。じゃあ、次は頑張ってね。」と言って、その場を去っていった。みよりは、ふと(どうして榊は『鎌鼬(かまいたち)』のことを?)と疑問に思ったが、榊が去った方をみると闇が広がるばかりだった。みよりは、肩を落とす。
(一体、この街に何が起こるというの?)
みよりの心の中で浮かんだ疑問は、闇夜が覆い尽くしたように消えていった。
刹那。みよりの側を、一陣の風が吹いた。それは、形を成してゆきハヤテとなった。
「みより、大丈夫だったか?」とハヤテは、みよりに声をかける。みよりは、「ええ。」と答えて空を見上げた。そして、「けれど、逃げられてしまいましたわ。」と続けた。ハヤテは、「そうか」と感情の読み取れない言葉を返す。ハヤテを、みよりは見て「申し訳ございません。また、お役に立てなくて」と言った。そんなみよりの髪を、ハヤテはなでる。
「大丈夫だ、みより。俺こそ、一人にして悪かったな。」とハヤテは、言った。それを聞いてみよりは、「いえ。」と答える。その声は、どこか寂しげだった。
「帰ろう、みより。疲れただろ?」とハヤテは言った。みよりは、小さく頷く。そして、歩き出す。
その時、雲の隙間から月の光が、もれ出した。その光は、冷たい闇夜を照らし出す。その空の下で、一人と一柱の影が揺れていた。
家に帰ったみよりは、晩ご飯を簡単に食べて布団の上に寝っ転がった。すると、家鳴りが心配そうにみよりに近寄った。
「大丈夫よ。少し、疲れただけだから。」とみよりは、家鳴りに言った。家鳴りは、嬉しそうに笑った。それを見て、みよりも笑みを浮かべる。そこへ、ハヤテが入ってきた。
「みより、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。」とみよりは、ハヤテの問いに答える。ハヤテは、「無理はするなよ。」とみよりに言った。みよりは、「ええ、判っております。神様」と言った。ハヤテは、家鳴りをちらりと見た。すると、家鳴りは慌てて部屋の隅に移動した。みよりは、「家鳴りちゃんに励ましてもらったのに」と言った。それを聞いて、ハヤテは「妖怪にまで気をつかう必要はない。いいから、ゆっくり休め。」と半ばあきれたように言った。みよりは、ゆるりと笑みを浮かべて「別に、気などつかっていませんわ。本当に、励ましてもらいましたのに」と言った。ハヤテは、「だとしても、誰かがいると人間は気をつかう。俺も、すぐにここを出て行く。いいか、家鳴りになんかに気をつかうなよ。」と言って、部屋を出て行った。それをみよりは、見届けて布団の中へ潜り込んだ、刹那。みよりの頭の中に、つんざくような音が響いた。
《キィーーーーー》
(う・・・。痛い。なんなの、これ。ハヤテ)と心の中ではっとした。声を発そうにも、声が出ない。体を動かそうにも、動かすことが出来ない。
(何?なんなの!)と心の中で叫ぶ。しかし、心の中だけの声なので誰にも届くことはない。
いつしか、その耳鳴りは音声としてみよりの耳に届いた。
《かの陰陽師の血を継ぐ者よ。真の敵は、鎌鼬(かまいたち)ではない。》
男の声のようだった。
(誰?あなたは、一体?)とみよりが、心の中で問うが返事となるものは返ってこない。
《よいか。真の敵は・・・》
「みより!」
ハヤテが、部屋の中へ入ってきた。そのせいか否か、男の声は聞こえなくなっていた。
「はや、て・・・。」と何とか、みよりは声を絞り出す。そんなみよりにハヤテは、駆け寄る。そして、「大丈夫か!」と言った。みよりは、乱れた瞳でハヤテをとらえて「え、ええ。」と短く答えた。それから、ゆっくりと呼吸を整える。ハヤテは、そっとみよりの上半身を起こす。そして、優しいけれど何処か焦ったような声色で「大丈夫か?」と言った。みよりは、その声に少しばかり安心して「ええ。ありがとう」と言った。その声を聞いてハヤテは、「よかった。」と呟いた。
「ハヤテ、どうして私に何かあるとわかったの?」とみよりが問うと、ハヤテは「あ、ああ。みよりの、いやみよりの中に眠る懐かしい気配を感じてな。何かあると思って」と答えた。すると、みよりは「懐かしい、気配?」と首を傾げた。ハヤテは、「みよりの中には、あの『安倍晴明(あべのせいめい)』の血が流れてる。その気配がして。」と答えた。それを聞いてみよりは、目を大きく見開いて「え?」と胸の辺りをぎゅと抱きしめた。
「みより?どうかしたのか?」とハヤテが問うとみよりは、「声が、聞こえたの。『真の敵は、鎌鼬(かまいたち)ではない』って」と答えた。ハヤテは、少しばかり目を細める。そして、「そうか。」と呟いた。みよりは、「そういえば、私が九字を切っても鎌鼬(かまいたち)には通用しなかった。それと何か関係があるのかしら。」と言った。ハヤテは、「さあな。とりあえず、今日は寝ろ。」と言って部屋を出て行った。そして扉を閉めた所でハヤテは、足を止めた。
(まさか、な)
心の中で、ハヤテはそう呟いてその場を離れた。それから、ハヤテの体は冷たい風と同化して何処かへ飛んでいった。
少し経って、ハヤテは目的の場所に着いた。そこは、何の変哲もない民家だった。そこには、校長の姿があった。そして、ハヤテは人の形になった。
「一体、何のつもりだ。」と冷たい口調でハヤテは言った。すると、校長は「あら?何のこと?」とあいかわらずのおどけた口調で言った。ハヤテは、「もし、あのことが本当だとしたら、お前は一体何を考えている?」と言った。校長は、「会わせたかった、と言ったら?」と言った。ハヤテは、「何で、今更」と冷たい口調を崩さない。少し笑みを浮かべつつ校長は、「だって、家族と離ればなれって嫌じゃない。」と言った。眉をひそめつつハヤテは、「家族とは、また違う」と短く答える。そして、「あんたが、そう仕向けたのか」と続けた。校長は「違うわよ。偶然よ、偶然。まあ、彼女がどう考えているかは知らないけれど。同類でしょ、あなたと。何か、知らないの?」と言った。ハヤテは、「知らない。第一、俺が美風(はるかぜ)家の守護神となった日から、アイツは俺と連絡をとらなくなった。」と答えた。それを聞いて校長は、「そっか。でも、わざわざここを襲うって事はあなたと何か関係がありそうね。」と言った。ハヤテは、眉をひそめて「そうかも、しれないな」と呟くように言った。校長は、長い髪をかき上げつつ「ねえ、みよりちゃんが産まれたの、ただの偶然だと思う?」とハヤテに問うた。ハヤテは、「いや。」と短く答えた後、「遅かれ、早かれ。こうなると思っていた。『安倍晴明(あべのせいめい)』と『蘆屋道満(あしやどうまん)』。この二つの血が交わり、呪いが解けることは」と答えた。校長は「それだけじゃなくて、ね。何かありそうだと思わない?このご時世に現れた最強の陰陽師。」と言った。ハヤテは、「さあな。」と短く答えて風と同化して飛んでいった。それを見つつ、校長は「神様、あなたは」と呟いて家の中へと入っていった。
一方、みよりは寝付くことが出来ずにいた。そんなみよりは、起き上がり机の上に、数学の教科書を広げて考え事をしていた。みよりは、シャープペンシルを動かしながら「うーん」や「ちがうなぁ」などと呟いていた。そこへ、ハヤテが入ってきて「何だ、起きていたのか。」と声をかけた。みよりは、「ええ」と答えて数学の問題に取りかかった。
「わからない問題でも、あるのか?」とハヤテは、みよりに問うた。みよりは、「ええ、鎌鼬(かまいたち)に私の九字が通用しなかった。どうしてなのかと思って」と答えた。すると、ハヤテは、「俺は、数学の問題について問うたつもりだったんだが」と呟くように言った。それを聞いてみよりは、「数学なんて、少し考えれば出来ますわ。ただ、どうして鎌鼬(かまいたち)には私の九字が通用しなかったのでしょうか?あの程度の妖力なら、私の九字で消滅するはずですのに。」と言った。そして、ハヤテの方を見て「ハヤテは、何か知りませんか?」と問うた。ハヤテは、少し気まずそうに視線を外しつつ「さあな。俺も、まだわかっていない。」と答えて「出来るだけ、早く寝ろよ。」と言葉を紡いで、部屋を出て行った。みよりは、訝しげに思いつつ、数学の問題を解くのに集中することにした。
(鎌鼬(かまいたち)。風のあやかし。風?そういえば、ハヤテは風の神。風神様は、確かもう一柱、女神様もいらっしゃったような・・・?そのことと、何か関係が?明日、この家に残されている文献を探して見るのもいいかもしれない。もしかしたら、今回の事を解決する糸口があるかもしれない。)
そんな事をみよりは、考えていた。そんなみよりを突然、睡魔が襲った。
(いけない・・・。)
そう心の中で呟いて、みよりの意識は夢の世界へと誘われた。
肌寒さを感じて、みよりは目を覚ました。
(いけない。私ったら、座った状態で寝てしまったわ。)
みよりは、立ち上がり部屋を出た。窓から外を見ると、朝日はまだ昇ったばかりのようだった。紅色の朝日が、みよりを紅く染め上げた。
「さむ」とみよりは、思わず呟いた。そして、手をこすり合わせた。すると、ハヤテがそこへ来て「起きたのか?」と短く問うた。みよりは「ええ、ハヤテ。」と短く答えたのち「風の妖怪、風神様のことを書いた文献は、この家にあるかしら?」と問うた。一瞬、驚いた顔をハヤテはしたが、すぐにいつもの無表情に戻り「ああ。それなら、蔵にあるかもしれない。」と答えた。それを聞いてみよりは「そう。なら、後で行ってみようかしら。ありがとう、ハヤテ。」と言った。ハヤテは、「ああ。気をつけていけよ。あそこには、付喪神がいるからな。」と言った。みよりは、「あら、家にいる付喪神たちは、皆いい子達ばかりですわ。心配には、及びません。」と言った。眉をひそめつつハヤテは、「皆が皆、いい奴だとは限らない。用心に越したことはない。ただでさえ、お前は妖怪や神に目をつけられやすいんだ。」と言った。みよりは、ゆるりと微笑んで「大丈夫です。神様」と言った。それを聞いてハヤテは、「俺は、一緒に行けないからな。」と言って懐から「御札」を取り出してみよりに渡した。
「ありがとうございます。」とみよりは、言って頭を下げた。そんなみよりを見やりつつハヤテは、小さく息を吐き出した。その息は、誰に気づかれることもなく、宙へと消えていった。
みよりは、朝ご飯を素早く済ませると、服を着替えて蔵へと来た。
(ずいぶん、汚れているのね。そういえば、婆ちゃんが昔に美風(はるかぜ)家が廃れた日から開けていないと言っていたような。だとしたら、少なくとも百年は開けていないわね。)
みよりは、古ぼけた錠に錆び付いている鍵を差し込んだ。しかし、回らない。
(あれ?百年前からある鍵は、これだけのはずだけれど。)
もう一度、回してみる。やはり、開かない。
(一体、どうすれば・・・。)
みよりが考え込んでいると、一人の青年がみよりの肩を叩いた。
「よっ!こんなところで、なにやってんだ?みより」
みよりは、振り返る。そこには、みよりのよく見知った人物が立っていた。
「何よ。」とみよりは、短く青年に言った。すると、青年は「『何よ。』とは、何だよぉ。折角、心配して見舞いに来てやったって言うのに。」と言った。そんな青年にみよりは、「じゃあ、ありがとうございます。」と言った。すると青年は、不快だったのか眉をひそめて「なんだよぉ、その言い方。棒読みじゃねぇか。」と言った。それを聞いてみよりは「はいはい、すみませんね。実際の所、何しに来たのよ。賀茂勇二」と言った。勇二と呼ばれた青年は「お見舞いって言ってるだろ。どんだけオレは、信用ないんだよ!?」と叫ぶように言った。それを横目でみよりは、見て「どこで、私が学校休んでるって聞いたのよ。」と問うた。勇二は、「え?校長が、話してくれたよ。」と答えた。それを聞いてみよりは、頭を抱えた。
「こいつには、情報を漏らさないように校長にキツク言っておかないと。」と思わず、みよりは呟いた。すると、勇二は「何でだよ!」と言った。みよりが、「ライバルである、あんたに情報が漏れるなんて・・・」とぼやくように言うと勇二は「大した情報でもないだろ!つうか、こんな蔵の所で何やってんだよ。」と言った。みよりは、「風の妖怪や神について調べようと思って」と答えた。すると、勇二は驚いたように「やけに素直に答えるな」と言った。みよりは、「だって、あんただって気づいているでしょう?最近、鎌鼬(かまいたち)がここら辺を巣くっていることを」と問うように言った。勇二は「そうなのか?」と言った。みよりは、少し怒ったように「あんた、陰陽師でしょう?何で、気づかないのよ!」と言った。勇二は「だって、オレはお前ほどの力は無いし。」と答えた。それを聞いてみよりは、ますます頭を抱えた。
「まあ、いいわ。ねえ、この蔵どうやったら開くと思う?」
そうみよりが言うと勇二は、「鍵は?」と短く問うた。みよりは、ゆるゆると首を横に振る。すると、勇二は「なら、術がかけられてるとか?」と言った。みよりは、はっとして蔵の扉に手を当てた。
「まさか・・・」とみよりは、誰にともなく呟く。
刹那。みよりの頭の中に、ある呪文が浮かび上がる。それをみよりは、口にした。
「急々如律令」
すると、鍵が光を帯びる。そして、誰かが手に持ったわけでもないのに、鍵穴に吸い込まれるように入っていった。刹那、錠は外れて地面へ落ちた。
「!」
みよりと勇二は、顔を見合わせた。
「まさか、本当に開くなんて。」とみよりは呆然と呟いた。勇二は「陰陽師の家なんだ。術がかけられていてもおかしくは無いと思ったが、本当だったんだな。」とこちらも呆然と呟いている。
みよりは、顔を引き締める。そして、蔵の中へ足を踏み入れた。すると、「オレも行く」と勇二は短く言った。みよりは、それを横目で見やりつつ「お好きにどうぞ」と短く答えた。そうして、二人は蔵の中へと進んだ。
みよりの祖母が言っていたことは、確かだったらしい。古い書物、神具が所狭しと置いてあった。しかし、不思議なことにホコリを被ってはいなかった。虫にむしばまれた書物も無いようだった。
(人が入った形跡もない。)
そう心の中で、みよりは呟いて古い書物を一つ手に取った。そして、ページをめくる。すると、本がほんのりと光を帯びる。
「これは・・・!」とみよりは、ほぼ無意識に呟いた。勇二は、みよりの持っている本を覗き込む。そして、息を飲んだ。
「え?現代語・・・?」
勇二の呟きにみよりは「いいえ、私たちの目にそう映っているだけよ。きっと、何か術式がかけられているのだと思うわ。」と否定した。そして、みよりは書物に目を通す。
「まさか、そんな!」
みよりは、そう思わず叫ぶ。勇二は、みよりの視線が追っている文章を追った。
「な!風神様は二柱いたのか」と勇二も思わず声を漏らす。
「そうか。最近、ハヤテの様子がおかしかったのも、志那都比売神が今回の事の原因だったからなのね。」とみよりは、独り言のように呟く。勇二は、「でも、何で?」とみよりに疑問をぶつける。
「わからないわ。」とみよりは、呟くように答える。そして、「直接会って、話してみるわ。」と言葉を紡いだ。すると、勇二は「一人で、大丈夫なのか?」と問うた。みよりは、「お話をするだけなのだけれど、風の神ですものね。」と呟く。そして、「まあ、あなたがどうしてもと仰るなら。ついてきても構いませんわ。」と言った。勇二は「まったく、素直じゃねぇなぁ。素直に言えばいいのに『ついてきてください』って。」と茶化すように言った。すると、みよりは勇二に向かって「御札」を投げつけた。間一髪の所で、勇二はそれをよける。
「な、何すんだよ!?」
「言っておきますけど、あなたより私の方が力はあるのですよ?」とみよりは、言って冷たい視線を勇二に投げかける。勇二は、「ああ、知ってる。それでも、オレは少しでもお前の力になりたいんだよ。」と言った。それを聞いてみよりは「わかっているのなら、いいのですわ。」と少し頬を緩める。
「だが、どうやって志那都比売神を見つけるんだ?」と勇二は疑問をぶつける。みよりは、「鎌鼬(かまいたち)を捕まえて、白状させます」と答えた。その瞳には、揺るぎは無かった。
その夜。みよりと勇二は、夜道を歩いていた。
「なあ、本当に現れるのか?」と勇二はみよりに問うた。みよりは、「ええ、きっと現れます。」と答えた。刹那。
「今日は、お仲間も一緒か・・・。」という声がどこからともなく聞こえてきた。そして、みよりと勇二に向かって鋭い風が放たれた。「鎌鼬(かまいたち)・・・!」とみよりは、叫ぶ。勇二は、さっと「御札」を取り出して「これが、鎌鼬(かまいたち)の風なのか」と呟いた。みよりは「ええ」とだけ答えて「御札」を取り出し「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女」と唱えた。しかし、風はやまない。
みよりは、歯を食いしばる。そして、「急々如律令!」と唱える。すると、「ぐわっ」と言う声がどこからともなく聞こえた。みよりは、闘志を漲らせ「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、前、行」と最強の九字を切る。
「ぐわっ!そんな、術式を使える陰陽師が現存するなんて!!」という声が聞こえてくる。「悪かったですわね!使えて!」とみよりは、皮肉を込めて鎌鼬(かまいたち)に言い放つ。そして、瞳をすうと細めて「急々如律令!奉導誓願可!不成就也!」と唱えた。
「ぐわああああああああっ!!」という鎌鼬(かまいたち)らしき叫び声が木霊する。
「鎌鼬(かまいたち)!消滅する前に教えて!あなたに力を与えたのは、志那都比売神なの?」とみよりは鎌鼬(かまいたち)に問う。すると、返ってきた返事は意外なものだった。
「い、や・・・違うね。そんな頭じゃあ、あいつは捕まえられない。」
そう言い残して、鎌鼬(かまいたち)は風と共に消えていった。
「どういうことなの・・・?」とみよりは、ひとりごちる。
(ハヤテの姉である志那都比売神が、原因ではないというの?自分の姉が原因だから、ハヤテは自分一人で解決しようしたのではないということなの?だとしたら、ハヤテは一体何を知っているの?)
みよりは、はっとして勇二の姿を探した。
「勇二?」
すると、地面の上で伸びている勇二の姿を見つけた。
(ほんと、役に立たないわね・・・。)とみよりは、心の中で呟く。そこへ、榊が現れた。
「どうやら、今回は仕留めれたようですねぇ」とおどけた口調で榊は言った。そして、「しかし、あなたはまだ原因をわかっていないようだ。」と言った。みよりは、榊を睨み付けて「あなたは、何か知っているのですか?」と榊に問う。榊は、不気味な笑みを浮かべて「さあ?どうでしょうね。」と答えになっていない答えを返した。そして、その場を去っていった。
「ま、まって!」とみよりは、その背に呼びかけたが榊は、振り返りもせずに闇の中へと消えていった。
(あの男、一体・・・?)
みよりは、思考巡らせたがわかるはずもなかった。刹那、優しい風が辺りに満ちた。そして、その風は人の形を成してゆきハヤテとなった。
「みより、怪我はないか?」とハヤテが問うと「ええ、私は大丈夫だけれど。勇二が」とみよりは答えた。すると、ハヤテは「大丈夫だろ。こいつにも、守護神がついている。」と言った。
「え?勇二の守護神様?」とみよりは、少し上ずった声で言った。それを聞いたハヤテは「お前は、見たこと無かったのか。まあ、人見知り激しいからな。あいつ」と答えた。みよりは、勇二を見て「いつか、見てみたいな。」と呟いた。ハヤテは、それを見て「会えるだろ。また、近いうちに」と答えるように言った。それを聞いてみよりは目を見開く。そして「え?」と呟いた。ハヤテは、それに気づいていないふりをして「帰るぞ」と短く言った。有無を言わさぬハヤテの態度にみよりは、頷くことしか出来なかった。
みよりが頷くのを確認してからハヤテは、勇二の体を持ち上げる。
「みより、一人で帰れるか?」
突然のハヤテの問いにみよりは、少なからず驚いた。過保護なハヤテがそんなことを言うと思わなかったからだった。
「ええ、私は大丈夫ですけれど。どうか、なさったのですか?」とみよりが問うとハヤテは「こいつの守護神と話したいことがあってな。」と答えた。みよりは、「わかりました」とだけ返事した。それを聞くやいなやハヤテは空へと飛び上がった。みよりは、それを見送りつつ(ハヤテ。神様は、何を隠しているの?)と心の中で呟いた。そして、自分の家の方向へ歩き出した。
ハヤテは、『賀茂』という文字が記されている門をくぐった。そこには、奥ゆかしい木造建築の家があった。その家の中へ、ハヤテは入り勇二を布団の上に寝かせた。そして、少しだけ視線を上に向けて「もう大丈夫だろ」と声をかけた。すると、幼い姿をした少女が現れた。
「お兄様、どうなさったのですか?」と少女が問うとハヤテは、「今回の風。どうやら、あいつが絡んでいるようなんだ。ここにもあいつが、やってくるかもしれない。」と言った。少女は、「ええ、可能性はあります。けれど、お兄様。かの者の目的は、みよりを喰らう事ではございませんか?」と静かに言った。そして、こう言葉を紡いだ。
「片時も離れない方がよろしいのでは」
「ああ、わかっている。」とハヤテは答える。少女は、「今こうしている間も、彼女の命は危険にさらされております。今すぐにでも、彼女の元へ戻るべきです。」と言った。ハヤテは、「ああ。そうさせてもらう。悪いな、巻き込んで。」と言って立ち上がる。すると少女は「いいえ。その言葉は、彼女に伝えるべきです、お兄様。」と言った。刹那、ハヤテの体は風となって飛んでいった。ハヤテが飛んでいった方角を見つつ少女は、「お兄様、あなたは変わられた。あの人に救われてから、随分と変わられた。不撓不屈のあのお方とそっくりな陰陽師。みより。あなたに幸あれ、急々如律令」と呟いた。
一方、みよりは一人の男と対峙していた。
(油断した!もう、妖怪が襲ってこないなんて保証はどこにも無かった。)
数分前に、帰宅途中のみよりの前に男(妖怪)が現れたのだった。
「ねえ、きみ?この現代に産まれたという最強の陰陽師って」
みよりの目の前にいる、男(妖怪)がそう言葉を発する。みよりは、すっと「御札」を取り出す。そして、「急々如律令!」と唱える。男は、みよりが放った術を難なく打ち消した。
「なっ!」とみよりは、思わず声を上げる。
「ひどいなぁ、あいさつしにきただけなのに。陰陽師って、非道なんだね。」
男は余裕をかまして、そう言った。すると、みよりは歯を食いしばる。
「それは、申し訳ございませんでした。では、あなたは私に何かご用でもあるのですか?」とみよりは自らの感情を押し殺して尋ねた。すると、男は不敵な笑みを浮かべて「言ってるでしょ、あいさつしに来たって」と言った。みよりは、眉をひそめつつ「なぜ、私にあいさつを?」と問う。男は、ふっと息を漏らして「そりゃあ、どれほどの力を持っているか知りたいじゃない。未だかつて無いほどの力を持った陰陽師さん?」と答えるや否や男の周りに風が吹き荒れる。
「・・・っ!」
みよりは、思わず目を閉じる。すると「言うほどでも無いねぇ、陰陽師さん。」という声がみよりに届いた。刹那、みよりの体は地面へと叩きつけられた。思わずみよりは「・・・っ」と声にならない悲鳴を上げた。その時、みよりは薄れ行く意識の中で優しい風が吹いたのを感じた。その一秒後、みよりの意識は夢の世界へと誘われた。
「お前の目的は何だ?一目連」
人の姿を成したハヤテが、みよりを抱えつつ男こと一目連に問うた。その声は、とてつもなく冷たい声だった。
「久しぶりだね、志那都比古神(しつなひこのかみ)。」と一目連はハヤテに言った。ハヤテは、少しばかり眉をひそめて「目的は何だ、と聞いている」と今度は鋭い口調で言った。すると、一目連はふっと息を漏らして「何って、あいさつだよ。あいさつ。君が抱えてるお嬢さんにね。」と言った。ハヤテは、「天目一箇神(あめのまひとつのかみ)に何か頼まれでもしたのか?」と一目連に問う。それを聞いて一目連は笑い出した。
「あはは、妙な事をきくねぇ。・・・そうだと言ったら?」
「お前をここで、始末する」とハヤテは、氷のような口調で言った。しかし、一目連は全く意に介していない様子で「ここで、ね・・・。でも、大丈夫なの?その子。傷つけない自身ある?」と言った。ハヤテは思わず、舌を打ち鳴らし「おい、タケミカ!」と叫んだ。すると、闇しかなかった空間からタケミカが姿を現した。それを確認してハヤテはみよりをタケミカに渡した。
「頼む」と短くハヤテは言って、一目連に向き直った。タケミカは、みよりを抱えて夜の闇の中へと消えていった。それをハヤテは、横目で見やる。刹那、一目連がハヤテに向かって鋭い風を放った。それをハヤテは難なく避ける。
「やはり、この程度じゃあ効かないか。」と一目連は呟いた。そして、ニヤリと笑みを浮かべて「じゃあ、これは?」と言った。刹那、台風のような強い風が辺り一帯を吹き荒れた。ハヤテは、何かを呟いた。すると、風は初めから何も無かったかのように、一瞬にしてかき消えた。それを見て、一目連は「ふうん。なんか、あきちゃったなぁ。最強の陰陽師さんも、あんな弱いんだもん。つまんない」と言った。ハヤテは、「なら、もうこの街には用は無いだろ。帰れ。」と言った。すると、一目連はぐにぃと口の端を上げて「冗談ですよ、冗談。あの子の力、お前が封じてるんだろ。なあ、志那都比古神(しつなひこのかみ)さま?」と言った。それを聞いてハヤテは、目に怒りの色を浮かべた。しかし、一目連は同じような調子で「天目一箇神(あめのまひとつのかみ)だって、その事には気づいている。あの子の力が、こんなもんじゃないって事ぐらいね。あの子を食べたら、どれほどの力を手に入れれる事やら、ねぇ?試してみない?」と言った。ハヤテは「帰れ、と言っているんだ。判らないのか。」と鋭い口調を止めない。それを聞いて、一目連は「いいよ、ぼくは帰っても。ぼくは、ね」と言った。その言葉にハヤテは、目を見開いた。
「まさか、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)も来ているのか」
「さあ、どうだろ?その目で確かめてきたらいいんじゃない?」と一目連が言った刹那。「どういうこと・・・?」
その場に高い女性の声が響いた。
「・・・!」とハヤテは声の主を見て驚いた。声の主は、校長だった。
「志那都比売神が元凶ではないの?」と校長はハヤテに呆然とした口調で問うた。ハヤテは、「志那都比売神は今、守護神としてある人を守っている。あいつは、元凶じゃない。」と答える。校長は「なら、元凶は天目一箇神(あめのまひとつのかみ)だというの?」とさらに問う。ハヤテは、首を縦にも横にも振らずに、ただ顔に汗を浮かべた。
「『魔風』と呼ばれる鎌鼬(かまいたち)。あいつに命令したのは、ぼくさ。あいつ、想像以上に役に立ってくれたよ。まさか、彼奴程度で手こずってくれる思わなかったよ。そのお陰で、じっくり見ることが出来たよ。彼女の本当の力を、ね。」と一目連は言って「さて、ぼくの仕事は終わりだ。じゃあね」と言葉を続けて風へと姿を変えた。そして、何処かへ流れていった。それを見届けた後、ハヤテも風へと姿を変えてみよりの家へと向かった。
ハヤテは、家へ着くと真っ先にみよりの部屋へと向かった。部屋には、布団の上で安らかな寝息を立てているみよりと、その横で見守っているタケミカの姿があった。
「よかった・・・。」とハヤテは、思わず安堵の息を漏らした。すると、タケミカは「全く『よかった』じゃねぇよ。みよりをこんなボロボロにして」と少し怒った口調で言った。それを聞いてハヤテは「すまない。」と短く答えた後、「ところで、ここへは誰も来なかったか?」と問うた。すると、タケミカは「ああ、誰も来てねえぞ。安心しろ。でもよ、カゼの件ってまさか天目一箇神(あめのまひとつのかみ)が絡んでるんじゃあねぇよな?」と言った。ハヤテは「・・・すくなくとも、関わっているな。」と答えた。タケミカは「・・・っ!じゃあ、お前のせいで、みよりは怪我したも当然じゃねぇか。」と言った。ハヤテは「・・・わかってる。だから、こいつには関わらせたくなかったんだ。」と言った。それを聞いてタケミカは「お前、最初からわかってたのかよ。」と問うように言った。ハヤテは、無言で小さく頷いた。それを確認してタケミカは「なら、おれも少しは力になる。足手まといなんて、言わせねぇぜ。元はと言えば、お前がまいた種なんだからな。みよりは何も関係ないんだから。」といつになく鋭い口調で言った。ハヤテは「ああ、わかってる。こんな俺の事でも慕ってくれているコイツを巻き込むわけにはいかないって。タケミカ、みよりを頼む。」といつもと違う口調で言った。それを聞いてタケミカは、いつものような人なつっこい笑みを浮かべて「ああ」と答えた。
翌日。
みよりは、朝のさわやかな光で目を覚ました。
「・・・ん?ハヤテ・・・?」とみよりは虚ろな目で、自分の部屋を見回した。すると、「よお!みより、体の方は大丈夫か?」と人なつっこい声が部屋に響いた。その声の主を、瞳に映してみよりは目を瞬かせて「建御雷之男神(たけみかづち)様?」と言った。タケミカは「タケミカでいいって」と言った。みよりは「では、タケミカ様。どうなさったのですか?」と問うた。タケミカは「え?ああ、お前の様子が心配でな。様子を見に来たんだよ。うん、そう様子を見に・・・」と汗を浮かべながら答えた。それを見て、みよりは「ハヤテに私の護衛でも頼まれたのですか?」と問うた。タケミカは「実は、さあ。そうなんだよ・・・って、あ!」と答えた後で慌てて自らの口を塞いだ。しかし、時は既に遅し。
「そう、ですか。私はそれ程までも、頼られていないのですね。」と肩を落としてみよりは言った。その様子を見てタケミカは慌てて「そうじゃなくてだな、ハヤテは・・・!」と事実を言おうとしてタケミカは口を噤んだ。みよりは、「わかっています。ハヤテは、私を巻き込みたくは無いんでしょう?けれど、私は神様の役に立ちたいんです。タケミカ様、どうか私にハヤテの場所を教えていただけないでしょうか?」と言った。タケミカは、拒んだが、結局は場所を教えてしまった。
「いいか、場所は・・・」
一方、その頃ハヤテはというと広い広場にいた。
「おい、いるんだろ。出てこい、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)」と何もない空間に呼びかけた。すると、何もなかった空間に気配がたち、それは人の姿を成した。その人の形をしたそれは、ハヤテと劣らないほどの身長であった。艶やかな黒の髪は、綺麗であろう艶やかな顔を、半分ほど隠してしまっている。
「ひさしぶり、志那都比古神(しつなひこのかみ)」と人の姿をしたそれこと、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は言った。
「お前は本当に、みよりを喰らうことが目的なのか?」とハヤテは、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)に問うた。天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は、「まさか、一目連の勝手な思いこみだよ。君とまた遊びたいな、志那都比古神(しつなひこのかみ)。遊ぼうよ、昔みたいにさ。」と言った。ハヤテは、「断る。俺はもう、昔の俺じゃない。」と言った。天目一箇神(あめのまひとつのかみ)はつまらなそうな表情を浮かべて「あっそ、じゃあさ。今だけは、遊んでよ。本気をぶつけ合って遊ぼうよ」と言った。ハヤテは、「そんなことしたら、人に迷惑をかけるだろ。」と答えるように言った。その答えを聞いて天目一箇神(あめのまひとつのかみ)はつまらなそうに、けれど何処か判っていたような表情を浮かべて「昔なら、遠慮無くやってたのに、どうしたの?そんな志那都比古神(しつなひこのかみ)なんて、ぐちゃぐちゃにしてやるよ?」と言うやいなやハヤテの体に何かがまとわりつく。
「な・・・!」とハヤテは声を、驚きの声を上げた。
「周りを気にせず、本気を出して闘うこと!それが、おれ達にとっての金蘭の契りだったよね!!」と天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は叫ぶ。
ハヤテは、体にまとわりついた何かを、引きちぎる。
「そうそう、お前はそういう奴だ!」と天目一箇神(あめのまひとつのかみ)が叫ぶように言う。すると、辺り一帯が強い風が支配した。
「乱暴で、横暴で人の命がどうなろうと関係ない!自らの欲のままに生きる!」とさらに天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は言葉を紡ぎ出す。
ハヤテは、ただうつむき何かを堪えていた。
「そうだろう?」と天目一箇神(あめのまひとつのかみ)が言った刹那。
「違いますわ。」
上品な、けれど凛と張った声が天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の言葉を否定した。その声の主へハヤテと天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は、視線を走らせる。そこには、みよりがいた。
「・・・みより、どうしてっ!」と思わずハヤテは、驚いて上ずった声を出した。その言葉にみよりは、「決まっています。私は、いつも神様に守られてばかりです。けれど、私は誰かの役に立ちたいのです。」と答えた。ハヤテは、思わず息を飲んだ。そして、「お前だけは、巻き込みたくは無かったのに」と小さな声で呟いた。すると、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)が「そうだよねぇ、君の大事な人をおれが殺しちゃったんだもんね。えっと、確か・・・錦だっけ・・・?」と言った刹那。ハヤテが、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)に向かって鋭い風を放った。その風を天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は、余裕の表情で避ける。
「おいおい、怒るなよ。あいつとは、金蘭の契りでなんか繋がっていないんだろう?だったら、殺しちゃっても良かったよね?」と天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は茶化すように言った。その言葉にハヤテは、闇色の瞳に怒りを浮かべた。
「お前に何がわかる。」と一言、ハヤテは言った。その言葉に天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は、「え?まさか本気であいつに肩入れしてたわけ無いよね。」と問うように言った。その言葉は、とてつもなく冷たい声だった。その声にみよりは、少しばかり身を強張らせた。ハヤテはそれに気付き、みよりをかばうように、みよりの体を自らの体の後ろに回した。
「だから、なんだってんだ?」とハヤテもハヤテで、冷たい口調で返す。その言葉に天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は、「へぇ、なるほどねぇ。だから、今でも守ってるんだ。かつて、『錦』と呼ばれた人間の魂を」と言った。その言葉にみよりは驚き、目を見開いた。
「ハヤテ・・・?」とみよりは、ハヤテを見上げる。その時、ハヤテとみよりの視線が交差した。みよりは、寂しげなハヤテの瞳に驚き、目を見開いた。
「いつからお前は、そんなつまらない男になったんだい?」と天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は、楽しく無さそうに言った。そして、「あの男の言うことは、あながち間違ってなかった訳か」と呟いた。その言葉にハヤテとみよりは、反応した。
「あの男とは、誰だ?」とハヤテは威圧的に問うた。天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は、「ああ。いきなり、おれの所に来て『もう一度、昔みたいに志那都比古神(しつなひこのかみ)と暴れたくはありませんか?』とか言ってきた男だよ。その後あの男『美風(はるかぜ)家の娘を喰らえば、力も手に入れることが出来ますよ』とか妙な事をぬかしやがってたな。人間なんて喰らわずとも、おれは十分強いから初めから興味なかったけどな。」と答えた。その言葉にみよりとハヤテは顔を見合わせる。
「つまり、そいつが元凶だった訳か」とハヤテは、呟く。その言葉にみよりは「ええ、そうみたいですわね。一体、何が目的で・・・」と考えを呟いた時だった。
「そんなの、決まってるじゃないですかぁ。美風(はるかぜ)みよりさんの力を品定めするためですよ」
その場にそぐわない、呑気そうな声が響いた。その声の主の方向に、一人と二柱は向ける。そこにいたのは、榊だった。
「あ、あなたは・・・!」とみよりは、驚きを声で現した。そして、眉間に皺を寄せて「あなたは、一体何者なんですか?」と問うた。それを聞いて榊は「わからない?君ほどの力を持っていればわかると思ったんだけどなぁ。って、あ!そうか、君は半分以上力を封じられているんだったね。」と言った後、パチンと指を鳴らした。刹那、榊の体は若い男の者へと変わった。ボサボサで美しさの欠片も無かった髪は、艶やかな銀色の髪へと変化し、さえない風貌が世の女性を虜にするほどの美男子へとなっていた。
「我は、常世思金神(おもひかね)。天照大神様の命により美風(はるかぜ)みよりの力の強さをはかっていた。」と榊ことオモイカネは、言った。
「やはり、貴様は神だったか。みよりの周りをかぎ回っていたのは、天照大神の命だったとはな。」とハヤテは、言った。すると、オモイカネは「ええ、まあ。天照大神様は、みよりさんの力に大変、興味がおありなのですよ。かの陰陽師の生まれ変わりと言うことでね。」と言った。みよりは、息を飲んで「それで、私の力ははかることが出来たのですか?」とオモイカネに問うた。すると、オモイカネは「それがですねぇ。風神のせいで、はかることが出来なかったのですよ。ですから」と言うや否やハヤテと天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の体を縛り上げた。みよりは、目を見開く。
「・・・!ハヤテ!」とハヤテにみよりが駆け寄ろうとした刹那。オモイカネがみよりに向かって何かを放った。みよりは慌てて簡易九字法を切る。
「みより!大丈夫か!」とハヤテは、慌てた口調でみよりに問うた。みよりは、「ええ」と額に汗を浮かべて答える。
「ですから、ね。自分で、はかるしかないのですよ。風神、彼女の力を解き放たなくては彼女が死んでしまいますよ?」とオモイカネはハヤテに言った。ハヤテは、歯を食いしばり「急々如律令」と唱えた。刹那、みよりの体の芯から沸々と力が沸き上がる。
オモイカネは、楽しげにみよりに向かって何か術を放つ。みよりは、凛とした瞳をオモイカネに向ける。そして、「青龍、白虎、朱雀、玄武、勾陳、南斗、北斗、三台、玉如!」と唱えた。すると、オモイカネが放った術はすうと消えていった。次にオモイカネが術を放とうとした刹那。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前、行」と九字を切った。その後、「オン、アビラウンケン、ソワカ」を三回。「オン、キリキャラ、ハラハラ、フタラン、バソツ、ソワカ」を三回と「オン、バザラド、シャコク」を一回、唱えた。そして、指を弾き鳴らした。
オモイカネは、「悪霊じゃないから、お払いできないよ」と余裕の表情で言った。しかし、みるみるうちにオモイカネの顔色が変わっていった。
「まさか、お前・・・!」とオモイカネは呟き、ハヤテと天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の方を振り返った。ハヤテと天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の巻き付いていた何かは解かれていた。
「へえ、頭脳明晰でもある訳か。でも、解く必要あったの?我は、ただ君の力を知りたいだけなのに。協力しないってわけ?」
「いいえ、そんなものには興味ありませんわ。ただ、私の守護神様をあのまま縛り上げておくのが嫌だっただけですわ。私の命の恩神でもあるのですから。」とみよりは、オモイカネに向かって言った。
「それって、協力しないって言ってるようなものだよね!」とオモイカネは叫ぶや否やみよりに向かって何かを放った。すると、解放されたハヤテが、みよりとオモイカネの間に割り込み術を打ち消した。
「高天原に帰ってアマテラスに伝えろ。『お前が望むほどの力は持ってなかった』ってな」とハヤテは威圧的な口調でオモイカネに言った。すると、オモイカネは「そんな嘘をつけないねぇ。天照大神様に」と言うやいなやハヤテに襲いかかる。その手には、いつの間にか出していた刀が握られていた。ハヤテは、みよりを抱えて後方に後ずさる。
「その刀、十束剣か?」とハヤテが静かに問うとオモイカネは「よくわかったね。これは、かつてこの地を暴れ回った鬼を退治するときにつかったとされる刀。君につかったら、どうなるのかなぁ?」と言った。それを聞いてハヤテは静かに歯を食いしばる。その様子を見てみよりは、「大丈夫ですわ。ハヤテ、今の私ならあなたの力になれますから。」と落ち着いた口調で言った。ハヤテは、どこか複雑そうな表情を浮かべた。
「それじゃあ、意味無いんだよ。」とハヤテはかき消されそうな声で呟いた。
「え・・・?」とみよりは、ハヤテの言葉に目を見開く。
「お前が、みよりが生まれ落ちた、その日から俺の全てはお前だ。俺は、お前を守りたい。何があっても、お前を守りたいんだよ。なのに、どうしてお前は大人しく俺に守られないんだよ。その上、自分から首つっこんで。どうして、お前はこんなにも俺の心をかき乱すんだ・・・!どうして・・!」
珍しいハヤテの言葉にみよりは、一瞬言葉を失う。けれど、みよりはすぐに微笑みを浮かべた。
「だって、私。大人しく守られているのなんて、嫌ですもの。」
花が咲き乱れたような微笑みで、みよりはハヤテにそう答えた。
ハヤテの目が、大きく見開かれた。そして、小さく笑って「そうだな、お前はそう言う奴だったな。なら、みより。俺に力を貸してくれ。」と言った。みよりは、満面の笑みを浮かべて「ええ、もちろんですわ。」と答えた。
「だが、後でタケミカにはお仕置きをしないと。」とハヤテは半分笑いながら言って、オモイカネに向き合った。
「おや、談笑はお済みで?」とオモイカネがおどけた口調で言った。その言葉にハヤテは「待っててくれたんですか?親切な方ですね」と言った。オモイカネは「ええ、昔から決まっているでしょう?変身シーンと相手の決め台詞、そして物語にとって大事なシーンはちゃんと待たなくてはいけないと」と答えた。刹那、にやりとハヤテが笑みを浮かべた。
「そのお陰で、みよりが結界を張る時間が出来た。感謝するぜ、知恵神様。」とハヤテが言うやいなや、ハヤテはみよりを降ろす。みよりは、懐から御札を取り出し「急々如律令!」と叫んだ。しかし、オモイカネには効いておらず「効かないよ、忘れたの?我は知恵の神。まさか、気づいて無いとでも思ったの?」と余裕の表情で言った。ハヤテは、焦った様子もなく「オモイカネ様。足下、すくわれますよ?」と言った。刹那、オモイカネの足下に何か術が放たれた。
「おい!おれも混ぜろよ、楽しみを独り占め何かさせないぜ!!」
そう言ったのは、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)だった。どうやら、術を放ったのは、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)のようだった。すると、オモイカネは「まったく、暴れたがりやが」と呟いた。そして、「ま、その方が楽しいけどね。」と言葉を紡いだ。
「みより!」
そうハヤテが叫んだ刹那。オモイカネの周りを何かが取り囲んだ。しかし、それもオモイカネによって呆気なく消されてしまう。
みよりは、すうと目を細める。そして、懐から御札を取り出す。すると、さっきまで晴れていた空が曇りだした。そして、ゴロゴロと音が立ち始めたと思った刹那。雷が、オモイカネに向かって放たれる。
オモイカネは、それをするするとかわしてゆく。
「これは、タケミカの御札の力だな。」とオモイカネは独り言のように呟く。そして、「しかし、こんなものは只の子供だましだ!」と叫んで息を飲んだ。雷がオモイカネの周りを囲っており身動きできなくなったのだった。「な!」
そして、みよりは力一杯叫んだ。
「オモイカネ様っ!どうか、ここは身を引いてください!」
「やだね」とオモイカネは、短く答える。それを聞いてみよりは「そうですか、残念です」と呟いた。
「五つの神さびし根源よ!神の御霊を鎮めたもう!急々如律令!」
そうみよりが唱えた刹那。オモイカネの身体は、高天原へと消えていった。すると、へなへなとみよりの体は地面に座り込んだ。
「おい、大丈夫か?」とハヤテはみよりに駆け寄って言った。みよりは「神様、私。お役に立つことが出来ましたか?ちゃんと、神様の足を引っ張らずにお役に立ちましたか?」と問うた。ハヤテは、目を大きく見開いた。しかし、すぐに顔を引き締めて「まったく、無茶をして。今日は、休めよ。十分、お前は役に立っているんだから」と言った。それを聞いてみよりは満面の笑みを浮かべて「ああ、あなたのお役に立てたのですね」と言って意識を手放した。ぐらりと傾いたみよりの体をハヤテは抱き上げる。そんなハヤテに天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は近づいた。
「お前が、この子に執着する理由。なんかわかった気がする。なあ、おれも側にいてこの子を守ってもいいか?」と天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は言った。それをハヤテは横目で見やり「好きにしろ」と言ってどこまでも青い空へと飛び上がった。
*
どこまでも晴れ渡る青い空。その空の下で一人の男がたたずんでいる。その男にみよりは、そっと近寄った。
「あの、あなたは・・・?」とみよりが声をかけると男は満面の笑みをみよりに浮かべた。そして、「ああ、君が最強の陰陽師か」と言った。みよりは、思わず驚いて目を見開いた。
「だ、誰ですか・・・?」
「おれ?おれは、錦。美風(はるかぜ)錦だ。」と男はこと錦は答えた。
「え?じゃあ、ハヤテが言ってた人って」とみよりが呟くと錦は「ああ、おれのこと。」と答えた。みよりは、「あれ?でも天目一箇神(あめのまひとつのかみ)に殺されたって言ってたような気がするのですが・・・」と言った。錦は、「ここはね、君の夢の中なんだ。君は今、自分の布団の中で眠っているよ。」と言った。みよりは「え?では、あなたは私がつくり出した幻想?」と質問を重ねる。しかし、錦は怒りもせずに「予言でね、おれさ。最強の陰陽師に生まれ変わるって聞いてどんな子か会いに来たんだ。おれ、人の夢の中行き来出来るから。時空を超えてでも出来る。」と答えた。みよりは、「そうだったんですか。」と呟くように言った。
「ねえ、ハヤテは君を守ってくれてる?」と今度は錦が質問をした。
「ええ、いつも守ってくれますわ。」とみよりは、答える。すると、錦は安心したような表情を浮かべて「そっか、良かった。なら、おれはもう行くね。ほら、君を呼ぶ声が聞こえてくるよ」と言った刹那。みよりの耳に心地よい、声が聞こえてきた。
「・・・り、みよ・・・」
みよりの視界は、太陽の輝きをまっすぐ受けるかのように真っ白になった。
「みより。」
みよりの耳に、ハッキリとした声が届いた。それと同時にみよりの瞳に色づいた光が映り込んだ。みよりは、声の主をその瞳に映した。案の定、ハヤテだった。
「ハヤテ・・・。」と呟いてみよりは、ハヤテに抱きついた。
みよりの中で、今までとは違う感情が渦巻くのを感じながら。
了(「小説家になろう」2013年 07月13日 20時13分 掲載)