大きすぎる建物の中、齢11の少女はただひたすら自分の部屋に閉じこもっていた。
ここは、神宮司家。広大なる土地とまるで異国の城のごとき建物がその財力を示していた。使用人は数え切れないほどにこの建物中にはいるしこの建物の主である神宮司孝弘は、とんでもない切れ者で一代にしてこの財力を誇ったのだ。というのも、神宮司家はもともと裕福な家庭であるにもかかわらず何代か前の当主が身内に裏切られ没落したのだ。それを孝弘は一代にしてまた神宮司家の名をこの世に轟かせたのだ。これをやり手といわず、何と言うのか。そんな孝弘の一人娘、ほのめは祖父譲りの金髪碧眼を持つ少女であった。あと数年すれば、美人になるであろう素質を持っている。なのに、彼女は周りから金髪と碧眼であるという物珍しさから、遠巻きにじろじろ見られることが多い。彼女はそれをよしとはしなかった。それがイヤでイヤで仕方がないのだ。いくら、美少女といわれようが彼女からすれば皆と同じように黒い髪に黒い瞳に産まれたかったのだ。現に父親や母親は、黒い髪に黒い瞳である。父親は半分は祖父の血を継いでいるというのに驚くほどに日本人以外の何者にも見えないから、不思議だ。そして、ほのめもまたそれが「なんでわたしだけ」という気持ちへとつながるのだった。
毎日のようにほのめは、学校にも行かずに一人、部屋で本を読んだりゲームをしたりしている。そんな彼女を見かねてか孝弘は、彼女に一人の執事を寄越した。名は、朝倉昴といった。彼もまたゲームが好きであるからか、ほのめとは仲が良い。しかし、いっこうにほのめは学校へは行きたがらなかった。
「………………」
ほのめは、テレビの画面を一生懸命に見ている。手元は必死にコントローラーを握りしめボタンを押していた。
そこへ、昴が入ってくる。
「お嬢様、おはようございます。また眠られなかったのですか」
昴を一瞥しつつ、ほのめは必死にボタンを押す。
「だって、あと少しでボスを倒せるのに!」
そう言ったほのめの視線の先にある、画面を見て昴は少しばかり息を吐き出した。
「お嬢様、これ何戦目ですか?」
「え、と…3戦目かな…?」
それを聞いて昴は、そっとほのめの隣に座る。すると、じっと画面を見つめる。そして、「失礼」とだけ言ってほのめに顔を近づかせる。
「お嬢様、ここは雑魚戦同様の戦術を使うべきではございません。ここは、基本で行くべきです」
「き、基本…って」
「ほら、このゲームで最初にやるフォーメーションです。でないと、やられますよ」
「あ!」
そうほのめが叫んだ、刹那。画面にゲームオーバーと表示される。それを見てほのめは、ふくれっ面になる。
「あと、少し…ガク」
少し考えるように昴は顎に手を当てる。そして、ほのめからコントローラーを奪い去るとコンティニューにカーソルを合わせてAボタンを押す。すると、また戦闘画面へと変わった。昴は、手慣れた手つきでボタンを押し、戦闘を進めてゆく。やがてボスは、倒れた。そして、画面に「クリア」と表示される。
「うー、今度こそ昴に手伝ってもらわなくても勝てると思ったのに!」
「お嬢様、どうかその闘志を1割でも良いので別のことに向けてくださいまし」
「別のこと?」
「お嬢様の将来の夢は?」
「ニート!」
「嘘でも良いですから、もっと可愛らしい夢を持ってください!」
昴は自分の主人であるほのめに呆れ半分でそう言ってしまう。これは、頭を抱えざるを得ない。
なんといっても、昴の主人であるほのめはとにかく、子どもらしい夢がない。小学校入り立ての時、参観日に将来の夢を発表するという授業を行った。ほのめの両親は、忙しく変わりに昴が主席はしたが。
周りは女子ならケーキ屋さんになりたいとか看護婦さんになりたいとか夢を皆は語っていた。男子ならば、パイロットやお医者さんと答えていた。間違っても、「ニート」と胸を張って答える子どもなどいるはずがない。…ないのだが、あろうことか昴の主であるほのめは、それはもう堂々とした態度でそれを宣言して見せたのだ。
『将来の夢は、ニートになることです!』
これには思わず昴は頭を抱えたくなった。否、抱えていた。頭痛に襲われたかのように頭を思わず押さえる。担任はというとまさか、そんな言葉が出てくると思わなかったものだから、急いでほのめの続きの言葉を切っていた。
そんな具合であるから、学校に行かなくてもいいという考えが彼女にはあるのだろうと昴は思ってしまう。一方、昴はというと現在進行形で学生をやっている。それも超難関大学に通っているのだった。その大学に通いながら、ほのめの面倒を見ているのだから、なかなか出来ることではない。
しかし、そんな彼もほのめには手を焼いていた。なかなか、学校に行く来もなければ学校で学問を学ぶ気にもなってはいない。それで、テストの点が悪いかと聞かれれば、それが不思議なことにいつも順位は上位なのだ。テストの期間は教師が屋敷までやってきて答案用紙をほのめに渡す。普通ならば習っていなければ、分からないはずであるのに彼女はスラスラと解いてしまう。正直言って、飛び級してもいいんじゃないだろうかと昴は密かに思う。
けれど、そんな彼女はとにかくやる気がない。しかも、将来の夢はニートと来た。後を継ぐ気もないらしい。
「いつかぜっっったい、昴にぎゃふんと言わせてやるんだから!」
彼女が情熱を燃やす先がこれである。どうも、昴も彼女を学校に行かせるべきか迷うほどに彼女は、良くできる子どもであった。しかし――
「ええ、いつか言わせてみてください。まあ、無理でしょうけどね」
そんなふうに嗤って昴は、ゲームの電源を落とした。
「そんなことないもん! 絶対、言わせるもん!」
「じゃあ、お嬢様。問題です。いつもケンカしている仲の悪い二人がおりました。その二人をどうにか仲良くさせたい――そこでわたくしは、考えました。二人の好きなジュースのボトルを二人の前に差し出します。さて、ここで問題です。ここには、二つのコップとボトル1本しかございません。一体、どのように二人がケンカしないようにボトルの中身のジュースを分けたでしょうか?」
「え、えーと…半分に分ければいいんじゃないの?」
昴は、眼鏡を押し上げる。
「お嬢様、わたくしはコップとボトルしか無いと言いました。どうやってピッタリにわけるのですか?」
「え、ええと…わかった! ボトルに目盛りが付いていたのよ!」
昴は静かに首を横に振る。
「いいえ、ボトルに目盛りなんて付いていません」
「じゃあ、コップに――」
「ついてません」
「はや! まだ、何も言ってないのに!」
「降参しますか?」
「まだまだ、これから!」
そう言うとほんめは、色々考えを巡らせる。
(ケンカ。ケンカしないように…)
「どうですか、お嬢様。これはただの問題ですが、外へ出るとこのような場面によく出くわすものです。数学や国語の問題は解けるかもしれません。ですが、このような問題を解決する力はあなたよりも学校の教師の方がよく知っているものです」
「…………………」
ほのめは、じっと昴を見つめる。そして、はっとした表情になる。
「じゃあ、答えは無いの?」
「そうですねえ…問の答えとしては、『相手が望む分量だけ入れる』ですかね」
「え、それだけ…?」
「はい」
「だけどそれじゃあ、根本的に解決できていないんじゃあ…」
「お嬢様。これは断じて“たとえば”の話です。あまり細かいところは、気にとめなくてもいいんですよ。それに、同じジュースが好きと分かって、仲良くなるかもしれませんしね。ケンカするほど仲が良いっていいますし」
それを聞いてほのめは、ふむふむと頷く。
「へえ! 学校では、そんなことも教えてくれるの?」
「ええ、日常的に子どもはよくケンカしますから。それは、とても為になることだと思います」
そういって昴は、微笑んで見せた。その表情は軟らかく、優しい。
「学校に行く気になりましたか?」
「え! ええと…」
昴は思わず苦笑いを浮かべる。そして、心の中で――
(あと、一押しでしょうか…?)
なんて、思いながら笑みを浮かべた。
了(「小説家になろう」2015年 05月06日 13時11分 掲載)