また「RTする理由がわからない」と書きましたが、理由は明確です。
「RTすればRTしてくれる」あるいは「RTしてくれたからRTで返さなくてはならない」と考えているからですね。
気づけば、“義務感”が生まれてました。
自分で自分を縛っていたんですよね。
それは「信用の関係」ですから、RTしてくださった方々は作品なんて読んではいないでしょう。
RTつまりは「拡散」してくれることによって、読者を得ようという考えの下、行っている行為です。
作品を知られなくては、「ない」のと同じですから。
しかし、フォロワー数が四千人近い今、『RT』の必要性が感じなくなったんですよね。
はじめはまったくの『無』ですから、そうやって集客しなければ読んでもらえません。
ですが、フォロワー数がずいぶん増えました。
だからこそ「RTする理由がわからない」のです。
“このやり方”を続ける必要がなくなったんですよね。
なので従来のスタイルに縛られる必要も無いなと、「RTをしない」決断を出しました。
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この記事で書いた「信用の関係」
その場限りの関係になるので集客としては微妙です。 一時的に双方が相手の欲求を満たして終わります。
けっして長くは続きません。
長く続く関係は、「相手から」あるいは「自分から」その作品が好きで感想を送った場合ですね。
その方が「相手」あるいは「自分」が、“その人”を深く認識するのです。
もう一つ。
「感想を書いて」と言ってくる人は、「愛して欲しい」と言っているような人と同じなのではないかな、とも今なら感じます。
一方的に「欲しい、欲しい」と言う「欲しがる人」なんでしょうね。
それでいて「誰も○○を与えてくれない」なんて、被害者面するような。
個人的な考察も書いてみました。
とりあえず、TwitterのRT活動はやめたことをお知らせいたします。